

350dpiで全ページ描き終えたモノクロ原稿は、600dpiに変換しても画質は戻りません。
漫画を描き始めるとき、多くの方がまず直面するのが「解像度をいくつに設定すればいい?」という疑問です。結論から言えば、印刷用のモノクロ漫画原稿は600dpiが基本です。
「dpi」とは「dots per inch(1インチあたりのドット数)」のことで、数値が高いほど画像が細かく精細になります。A4サイズのモノクロ原稿を600dpiで作成すると、縦横それぞれのピクセル数はおよそ7,016×9,921ピクセルにもなります。これはフルHDテレビ(1,920×1,080px)の約33倍の情報量です。
モノクロ原稿でこれほど高い解像度が必要な理由は、印刷の仕組みにあります。カラー印刷は4色のインクを重ねて色を表現しますが、モノクロ印刷は黒インク1色のみで線の太さや角度、網点のサイズだけで表現します。解像度が低いと、細い線の輪郭がギザギザになったり、スクリーントーンの網点が潰れたりして、仕上がりが著しく悪化します。
つまり、600dpiが条件です。
対して、カラーイラストの基本解像度は350dpiです。同じ印刷物でもモノクロとカラーで推奨解像度がこれほど異なるのは、「どのように色を表現するか」の仕組みが根本的に違うためです。カラー印刷では4色のインクを混ぜることで滑らかなグラデーションが表現できるため、モノクロほどの高解像度を必要としません。
意外なことに、解像度が高ければ高いほど良いというわけでもありません。1,200dpiで作成したとしても、印刷の仕上がりは600dpiとほぼ変わりません。それどころか、1,200dpiのB5サイズ1ページあたりのファイルサイズは数十MBにも膨れ上がり、ソフトの動作が重くなってペン入れや作業自体に支障が出ます。600dpiと1200dpiの印刷差は「ほぼわからない」というのが業界の共通認識です。
600dpiが基本です。
参考になるリンク(印刷所の公式解像度ガイドライン)。
株式会社二葉企画 – データマンガの基本仕様・解像度
初めてデジタルで漫画を描く方によくあるミスが、「カラーイラストと同じ感覚で350dpiで描き始めてしまう」ことです。これは時間的・金銭的に大きなダメージにつながります。具体的に何が起きるか見ていきましょう。
① 線がぼやける
350dpiのモノクロ原稿を印刷所に入稿すると、印刷時に600dpiへの変換処理が行われます。このとき画像は引き伸ばされ、本来存在しないピクセルを補完することになります。結果として、細い線の輪郭がぼんやりとした仕上がりになります。漫画の線画は細い部分が多いため、特に細いペン入れや書き文字の部分でこの劣化が目立ちます。
② スクリーントーンにモアレが発生する
モアレとは、規則的な模様(トーンの網点)が干渉し合うことで発生する不規則なシマ模様のことです。350dpiのデータでスクリーントーンを使用すると、印刷時の変換処理によって網点の形が崩れ、意図しないモアレが発生します。実際、同人誌印刷の大手「サンライズパブリケーション」は「350dpiなど600dpi以外の解像度で作成されたデータは、トーンジャンプや極度のモアレなど予期せぬ不具合が起こる可能性があります」と公式サイトで明記しています。
③ 後から解像度を上げても画質は戻らない
「350dpiで全部描いてしまったけど、入稿前に600dpiに変えればいいか」と思っていると痛い目を見ます。低解像度の画像を後から高解像度に変換しても、元から存在しないピクセルが補完されるだけで、実質的な画質は上がりません。「初め低解像度で作成して、後から変更しても後の祭り」(印刷所・ねこのしっぽ公式マニュアルより)という言葉が業界ではよく知られています。数十ページ描いた後に気づいた場合、すべて描き直しという最悪の事態になります。
これは痛いですね。
なお、CLIP STUDIO PAINTを使っている場合、ファイルメニューから「新規作成」を選ぶ際に作品の用途を「コミック」に設定すれば、解像度の初期値が自動で600dpiになります。最初の設定だけ確認すれば問題ありません。
参考になるリンク(モアレが発生する原因と防止策の解説)。
p-lab(ピーラボ) – モアレの出ない原稿作りをしよう!
「モノクロ原稿」とひとくちに言っても、実はモノクロ2階調(二値)とグレースケールの2種類があります。この2つを混同していると、入稿時に想定外の仕上がりになることがあります。
| 種類 | 推奨解像度 | 特徴 | 向いている原稿 |
|---|---|---|---|
| モノクロ2階調 | 600〜1200dpi | 黒と白の2色のみ。線がシャープ | スクリーントーンを使った漫画 |
| グレースケール | 350〜600dpi(アミ点使用時は600dpi) | 256段階のグレーで表現。滑らか | グレー塗りの漫画、写真入り原稿 |
モノクロ2階調は文字どおり「黒か白かの2値」しか使えないため、細い線がシャープに印刷されます。スクリーントーンを使う一般的な漫画原稿では、このモノクロ2階調が主流です。
グレースケールは256段階のグレーで濃淡を表現できるため、鉛筆タッチのような柔らかい表現やデジタルのグレー塗り漫画に向いています。ただし、グレースケールでもアミ点(トーン)を使う場合は600dpiが必要です。アミ点なしのグレー塗りだけなら350dpiでも入稿を受け付けている印刷所も存在します。
つまり、使う表現方法によって設定が変わるということですね。
CLIP STUDIO PAINTでの設定に置き換えると、「基本表現色:モノクロ」=モノクロ2階調で描く設定です。グレースケールで描く場合は「基本表現色:グレー」に変更する必要があります。新規作成ダイアログで設定を確認するだけで済みます。
注意点として、グレースケールで描いた原稿を後からモノクロ2階調に変換することは技術的には可能ですが、グレーの部分が白か黒かに強制的に変換されるため、グラデーションやグレー塗りの部分が潰れて意図した見た目にならないことがあります。最初にどちらで描くかを決めておくのが得策です。
グレー塗りで描く方針なら最初からグレースケールで進めるのが原則です。
参考になるリンク(グレースケールとモノクロ2階調の印刷時の違い詳細)。
栄光 – グレースケールとモノクロ2階調のどちらで作成すればいいですか?
「印刷用は600dpiが必要」という話をここまでしてきましたが、Web投稿やSNS(X/Twitter、pixiv、マンガアプリなど)への投稿を目的とした場合、話がガラッと変わります。
Web・SNS投稿においてはdpiはほぼ意味をなしません。これは多くの漫画初心者が誤解しているポイントです。
Webのモニター(ディスプレイ)は「1インチあたりのピクセル数」を基準に表示するのではなく、画像のピクセル総数(px数)だけを参照して表示します。同じ1,200×1,600pxの画像なら、それが72dpiで作られていても600dpiで作られていても、ブラウザ上での見た目はまったく同じです。
これは使えそうです。
つまり、Web専用の原稿であれば、解像度(dpi)よりもキャンバスのピクセル数を意識することが重要です。X(Twitter)のタイムラインでは最大で横幅1,200pxほどに表示が圧縮されます。pixivでは最大横幅2,400px程度が推奨されています。漫画アプリや電子書籍では幅1,200〜2,048pxが一般的な範囲です。
ただし、一点だけ注意が必要です。印刷用に600dpiで作成した原稿をSNSに投稿する場合、そのままでは1ファイルが数十MBになることもあり、SNSのアップロード制限に引っかかったり、読み込みが遅くなったりします。投稿前にpx数を維持しながらdpiを72〜150dpi程度に落とすか、横幅を1,200〜2,000px程度にリサイズするひと手間が必要です。
Web投稿ならpx数が条件です。
印刷とWebの両方を想定している場合は、600dpiの印刷用データを作成しておき、Web投稿用には別途書き出しを行うのが最も効率的なフローです。CLIP STUDIO PAINTなら「画像を結合して書き出し」のメニューからWeb用の書き出し設定を簡単に行えます。
「解像度は600dpiにすれば大丈夫」と思っていると、実は見落としがちな落とし穴があります。それは、印刷所によって推奨解像度や入稿形式が微妙に異なるという現実です。
一般的な同人誌印刷の解像度ガイドラインをまとめると、以下のような違いがあります。
見てわかるように、グレースケールについてはアミ点の有無によって推奨が変わりますし、入稿可能なファイル形式(TIFF・PDF・PSDなど)も印刷所によってまちまちです。
自分が使いたい印刷所を先に決め、そこの入稿ガイドラインを確認してから新規原稿を作成するのが原則です。
特に初めて同人誌を作る場合は、印刷所によっては入稿用テンプレートファイル(CLIP STUDIO PAINT形式やPhotoshop形式)を無料配布しているところも多くあります。このテンプレートを使えば、解像度・サイズ・塗り足し(トンボ)などの設定がすでに正しく入っているため、設定ミスのリスクがゼロになります。
テンプレート利用なら設定ミスの心配はありません。
また、印刷所のノンブル(ページ番号)に関するルールも見落としがちです。ノンブルが入っていない原稿は印刷を断られるケースがあります。テンプレートを使うことでこのリスクも同時に回避できます。
「まず描いてから印刷所を決める」という順番が一般的かもしれませんが、「まず印刷所を決めてから描き始める」という逆の順番が、実は時間とお金の無駄を最も防ぎやすいアプローチです。描き終えた後に設定ミスに気づいて全ページ描き直しというトラブルは、業界ではよくある話です。
印刷所のテンプレートを使うのが条件です。
参考になるリンク(ねこのしっぽの入稿テンプレートとマニュアル)。
ねこのしっぽ – 原稿制作マニュアル|データ原稿の描き方