

湿布を貼っても安静にしても、実は肘の外側の痛みは6か月以上治療して10%の人が手術を選ぶほど長引く可能性があります。
肘の外側に鋭い痛みが走る——漫画やイラストを描いていて、そんな経験が増えてきた人は少なくありません。この痛みの正体として最も多いのが「テニス肘」、正式名称を上腕骨外側上顆炎(じょうわんこつがいそくじょうかえん)といいます。
テニス肘は、手首を甲側に反らす動作を繰り返すことで、肘の外側にある腱の付着部に慢性的な炎症が起きる状態です。名前にテニスとありますが、テニスをしていない人でも発症します。実際に患者の多くはデスクワーカーや調理師など、手首を頻繁に使う職種の人たちです。
発症しやすい年齢は35歳〜54歳とされていますが、長時間の作業を続けるクリエイターは年齢を問わず注意が必要です。整形外科的には「40代・50代の中年に多い」とされていますが、毎日数時間ペンを握り続ける人は20代でも発症します。
症状としては次のようなものが代表的です。
- 肘の外側(骨の出っ張りのやや下あたり)を押すと鋭く痛む
- ものを掴んだ瞬間にズキッと痛む
- ドアノブを回すときや、フライパンを持ち上げるときに痛みが走る
- 手首を反らす動作(手の甲を上にして指を曲げる)で痛みが出る
原因は「肘の使いすぎ」だと思われがちですが、実際には手首と指の過負荷が引き金になっています。ペンを握り続けたり、マウスを操作し続けることで前腕の筋肉が緊張し、そのストレスが腱を通じて肘の外側へと伝わるのです。
日本整形外科学会「テニス肘(上腕骨外側上顆炎)」症状と治療の公式解説
「テニスもゴルフもしていないのに肘が痛い」という状態に、漫画を描く人がなりやすい理由があります。それは液晶タブレット(液タブ)の使い方と作業姿勢にあります。
従来の板タブレットは、机の上にほぼ水平(0〜15度)に置いて使うのが一般的でした。ところが液タブはモニターと兼用することが多く、40〜60度ほど立てた角度で使う人が増えています。この角度の違いが、肘への負担を大きく変えます。
板タブでは手のひらは肘よりも低い位置にありますが、液タブを立てた角度で使うと手を胸の前まで持ち上げる必要があります。人間の肘は「腕を下げているとき」に最も楽に力が抜ける構造になっています。腕を持ち上げ続けるのは、本を顔の前に掲げて読み続けるのと同じ状態です。それが5〜6時間、場合によってはもっと長く続くのですから、肘や肩への蓄積ダメージは相当なものになります。
また、キーボードを打ち続ける動作も見逃せません。手首を反らした状態でキーボードを打ち続けると、前腕伸筋群(前腕の背側の筋肉)が持続的に緊張し、テニス肘を引き起こしやすくなります。これはテレワークが増えた時期から患者数が増加したという整形外科の報告とも一致しています。
つまり、「絵を描く=肘の外側を傷める」という構造には、ペンの握り方だけでなく、作業台の高さや液タブの角度、キーボードの位置まで複合的な原因があるのです。これが基本です。
東広島整形外科クリニック「テレワークでテニス肘になるメカニズム」の解説
「もしかしてテニス肘かも?」と感じたら、整形外科で使われるチェック法を自分で試してみることができます。代表的なものを2つ紹介します。
① チェアテスト(椅子テスト)
手のひらを下に向けた状態で、軽い椅子や本などを持ち上げます。このとき肘の外側にズキッとした痛みが出れば、テニス肘の可能性があります。
② 中指伸展テスト
肘を伸ばした状態で手の甲を上に向けます。反対の手の指で中指を上から押さえ、中指を上に持ち上げようとします。このときに肘の外側に痛みが出るかどうかを確認します。
どちらかで肘の外側に痛みが出たなら、テニス肘の疑いが高いといえます。ただし自己診断には限界があります。痛みが強い場合や2週間以上続く場合は、必ず整形外科を受診してください。
痛みのレベルを大まかに分けると、次のようになります。
| レベル | 状態の目安 | 対応の目安 |
|--------|-----------|-----------|
| 軽度 | 作業後だけ痛む | 安静・ストレッチで改善の可能性あり |
| 中度 | 作業中も痛む | サポーター・ストレッチ+受診を検討 |
| 重度 | 安静時にも痛む | 早急に整形外科受診 |
安静時にも痛みがある状態は注意が必要です。炎症や腱の損傷が進行しているサインの可能性があり、放置すると慢性化します。
テニス肘の対処で、多くの人が「正しい」と思ってやっている行動の中に、実は逆効果なものがあります。
湿布を貼ればOKという思い込み
湿布は一時的に痛みを和らげる効果がありますが、炎症を根本的に治す働きはありません。湿布で楽になった感覚を「治った」と勘違いして作業を再開してしまうと、腱への負荷が続いて症状が悪化します。湿布はあくまで「つなぎ」です。
冷やすか温めるか、間違えている
発症初期(急性期)には患部を冷やすことが有効です。ただし慢性化した段階(発症から3か月以上)では、冷やすと逆効果になります。この時期は血流を促すために温めることが推奨されます。目安として、患部が熱を持っていれば冷やす、熱感がなければ温めると覚えておくと良いでしょう。これが条件です。
痛みが引いたらすぐ再開する
テニス肘で一度ダメージを受けた腱が「再生する」ことはありません。痛みが引いても腱が完全に回復しているわけではないため、同じ作業をすぐに再開すると再発します。特に保存治療を6か月以上続けても改善しない約10%のケースでは、手術が検討されます。放置や誤ったセルフケアは、そのリスクを高めます。
自然治癒力に期限がある
あまり知られていない事実として、腱の自然治癒力は受傷後3か月ほどで低下するとされています。痛みが出始めてから3か月以内に適切なケアを始めることが、長期化を防ぐ重要な条件です。「そのうち治るだろう」と様子を見続けることは、この時間的なタイムリミットを消費することになります。
丸亀整形外科「自然治癒力に3か月の期限がある」テニス肘治療の詳細解説
テニス肘の痛みを和らげ、再発を防ぐための最も効果的なアプローチは「前腕伸筋群のストレッチ」です。日常的に取り入れることで、腱にかかるストレスを大幅に減らせます。
基本ストレッチの手順(1セット30秒×1日3回が目安)
1. 肘を伸ばした状態で、手のひらを上に向ける
2. 反対の手でゆっくりと手首を手前(身体側)に曲げる
3. 前腕の筋がグーッと伸びる感覚を感じながら10〜20秒キープ
4. 続いて手のひらを下に向け、手首を手前に曲げて同様にキープ
ポイントは「痛みが出ない範囲でゆっくり伸ばすこと」です。ストレッチで肘や前腕に強い痛みが出るようであれば、無理に行わず専門家に相談してください。
作業環境の見直し(漫画・イラスト制作向け)
ストレッチと合わせて、作業環境を整えることが再発予防の核になります。
- 液タブの角度は0〜15度に近い「寝かせた角度」にする(立てすぎると腕を持ち上げ続けることになる)
- キーボードは少し遠くに置くことで、打鍵のたびに自然と前腕が伸び、ストレッチと同様の効果が得られる
- 机の高さは身長173cmの場合、座位で約65〜68cmが目安。高すぎると腕が持ち上がり、肘への負担が増える
- 45〜60分に1回、5分程度の休憩とストレッチを挟む
サポーターの活用
痛みがある状態で作業を続けなければならないときには、エルボーバンド(前腕に巻くストラップタイプのサポーター)が有効です。前腕の筋肉の動きを適度に制限し、腱への直接的なストレスを軽減します。ただしサポーターは根本治療ではないため、痛みの軽減を確認しながら使うのが原則です。
長期的に見ると、リハビリやストレッチによる治療がステロイド注射より再発率が低いというデータもあります。「楽になりたいから注射を打ちたい」という気持ちは理解できますが、ストレッチの習慣化こそが最も持続性のある対策です。これは使えそうです。
オムロン ヘルスケア「外側上顆炎(テニス肘)の症状・原因と予防法」
石神井整形外科「外側上顆炎(テニス肘)の治療・リハビリの詳細」