

アナログで練習してからデジタルに移行しても、画力は上がらないまま時間だけが過ぎます。
「デジタル作画なんて2000年代に普及したもの」と思っている人は多いですが、その認識は40年近く間違っています。
日本でデジタル作画の扉を最初に開いたのは、『コブラ』で知られる漫画家・寺沢武一です。1980年代の初頭からPCによる創作に着目し、1985年には当時のPC環境の限界に挑みながら8色着色のデジタル彩色を実践しました。当時のパソコンが表現できた色はたった8色。現代のイラストソフトが数千万色を扱えることを考えると、いかに先進的な試みだったかがわかります。
実はさらに遡ると、世界初のデジタルコミックは1985年3月にイギリスで発表された『Shatter』です。日本では寺沢武一がそのわずか4ヶ月後に独自のデジタル彩色を開始しており、世界最先端レベルでのスタートだったことになります。意外ですね。
アニメ業界でのデジタル化も並行して進みました。1983年にはJCGL(ジャパン・コンピューター・グラフィックス・ラボ)が世界初のデジタルアニメ『子鹿物語』の制作を開始しています。同年放送の『ドラえもん・ヨーロッパ鉄道の旅』では初めてコンピュータ彩色が取り入れられました。
しかしこの時代、コンピュータの性能は非常に低く、商業的に使えるレベルには達していなかったため、デジタル作画は一部の先駆者の実験にとどまっていました。寺沢武一のような先駆者が道を切り拓き、技術と環境が整うのをひたすら待つ時代が続きます。
寺沢武一がマンガのデジタル化の先駆者だった経緯(Real Sound書籍)
先駆者たちの時代から約10年後、デジタル作画はようやく「使えるもの」になっていきます。
1990年代後半からが大きな転換点です。富士写真フイルム(現・富士フイルム)がセル画用セルの生産を中止したこと、PCの価格が急速に下がったことが重なり、アニメ業界ではセル画からデジタルへの移行が一気に加速しました。日本では1997年から2002年の5年間に、ほとんどのアニメスタジオがセル画からデジタル彩色に切り替えています。
漫画の世界では、2000年頃からデジタル作画が増え始め、それ以降は急増しました。90年代に学生でも手が出せる価格帯のソフトが出回るようになり、新しもの好きな漫画家たちが積極的に試していきます。この時代の代表的なソフトはコミックスタジオ(後のCLIP STUDIO PAINT)で、漫画専用の機能が揃っていたことが普及の大きな後押しになりました。
2010年代になると、CLIP STUDIO PAINT(クリスタ)が2012年にリリースされ、現在最も使われる漫画制作ソフトとして定着します。板タブ(ペンタブレット)の価格も5,000円〜2万円台まで下がり、漫画を描きたい人が気軽にデジタルを試せる環境が整いました。
デジタル作画が「特別なプロだけのもの」から「漫画を描くなら当たり前の選択肢」へと変わったのは、ほぼこの2010年代のことです。つまり普及まで先駆者の挑戦から約30年かかったということですね。
数字を見ると、業界の現状がはっきりわかります。
漫画家の実態調査を行うサイト「マンナビ」が2021年に実施したアンケートによると、プロ漫画家の約9割がデジタル制作を行っており、「全てアナログ」はわずか3.3%にまで減少しています。同サイトの2017年調査と比べても「全てアナログ」は4.6%から3.3%へと減り続けており、今後さらに下がることが予想されます。
週刊少年マガジンの連載陣を見ても、2017年時点でペン入れから完成まですべてデジタルで行う作家が約3分の1、一部デジタルを含めると約半数に達していました。現在はその割合がさらに高まっています。これは新人だけでなく、『FAIRY TAIL』の真島ヒロさんや『GTO』の藤沢とおるさんといった中堅・大ベテランにまで広く浸透していることを示しています。
なぜここまで広まったのでしょうか?プロ漫画家が実際にデジタルを導入して得られたメリットとして最も多く挙げられるのは「作業時間の短縮」(30.7%)、「描き直しが楽」(26.3%)、「コスト削減」(22.7%)の順です。技術的な優位性だけでなく、時間とお金の節約という現実的なメリットが普及を後押ししています。
漫画を描きたい人にとって重要な事実があります。今から漫画家を目指すなら、デジタル作画は選択肢ではなく「前提」に近い状況です。業界の9割がデジタルという現実を踏まえると、アナログだけで練習し続けることは、時間とお金の両方で大きな損失につながりかねません。
漫画家の約9割がデジタル制作というアンケート調査結果(マンナビ)
デジタル作画を始めるには、3つのツールを揃える必要があります。それが「ペンタブレット」「作画ソフト」「PC」です。
ペンタブレットには大きく2種類あります。「板タブ」は画面のないタブレットで、ペンを動かすとPCの画面に線が表示されます。手元を見ずに描くため最初は慣れが必要ですが、価格は5,000円〜2万円程度と初心者でも手が届きやすいです。「液タブ」(液晶タブレット)は画面に直接ペンを当てて描くため、紙に近い感覚で描けます。ただし価格は10万円前後からが主流です。はがきを縦に3枚並べたくらいのサイズの板タブから始めるのが、多くの初心者にとって現実的な選択です。
作画ソフトはCLIP STUDIO PAINT(クリスタ)が漫画制作のスタンダードとして広く使われています。漫画制作に特化した機能が充実しており、プロ漫画家の使用率が最も高いソフトです。同調査によるとデジタル制作者の79%がCLIP STUDIOを使用しています。PRO版(月額プランあり)から始めて、本格的に漫画を描くならEX版に切り替えるのが一般的な流れです。
PCは手持ちのものから始めて問題ありません。ただし複数のレイヤーを使った作業はPCへの負荷が高いため、メモリは8GB以上あると作業がスムーズです。
初期投資を抑えたい場合は、板タブ(1万円前後)+クリスタPRO(月額プラン)の組み合わせが最もコストを低く抑えながらスタートできます。まずこれだけ揃えれば十分です。
漫画を描く道具:アナログとデジタルのコスト比較(CLIP STUDIO公式)
アナログとデジタルの最大の違いは「修正のしやすさ」と「ランニングコスト」です。
修正のしやすさについては、実際の時間差を数字で確認してみましょう。アナログで16ページの漫画を制作する場合、下描きとキャラのペン入れだけで8日(1日10時間労働換算)かかるとされています。デジタルでは同じ工程が5日で終わり、3日・約30時間の差が生まれます。時給換算で3万円分の差です。さらに背景作画にデジタル3D素材を使えば、アナログ対比で月に11〜12万円の費用削減が実現したプロの事例もあります。
ランニングコストの面でも差は大きいです。アナログ漫画で使うスクリーントーンは1枚300〜500円程度で、1作品(16ページ前後)あたりトーン代だけで5,000円以上かかることも珍しくありません。デジタルではトーンは無制限に使い放題で、在庫切れもありません。Gペン・丸ペン・インク・原稿用紙・修正液といった消耗品も不要になります。
上達速度についても重要な点があります。デジタルはアナログに比べて「やり直せる環境」であるため、試行錯誤の回数を圧倒的に増やせます。CLIP STUDIO PAINTには3Dフィギュア機能があり、好きなポーズを取らせてそれを下絵にして描く練習ができます。難しい構図のデッサン練習が、紙とペンだけの環境と比べてはるかに短時間でこなせます。
一方でデジタル作画のデメリットも正直に押さえておく必要があります。板タブは手元と画面がずれるため、思い通りの線を描くまでに一定の練習期間が必要です。また液タブは10万円前後からという初期費用の高さがあります。ただし長期的なコスト削減効果を考えると、液タブの初期投資は1〜2年で回収できる計算になります。
これは使えそうです。アナログ消耗品の節約分を積み上げれば、デジタル機器の初期費用は思ったより早く元が取れます。