
密室殺人トリックは、推理小説や漫画で最も人気の高い謎解き要素なんです。密室とは、施錠されている、常に誰かに見張られているなど、人の出入りが不可能な部屋を指します。
参考)【小説技法】ミステリー小説のトリック『密室殺人』を紐解く
「密室殺人の帝王」と呼ばれるジョン・ディクスン・カーは、小説『三つの棺』の中で密室トリックを体系的に分類しました。カーの密室講義では、大きく分けて「犯人が密室の中にいないパターン」と「鍵が中からかけられているパターン」の2つに分類されています。
参考)密室殺人 - Wikipedia
犯人が密室の中にいないパターンには、偶然が重なって殺人のように見えた、外部から被害者を自殺などに追い込んだ、室内に隠された装置によって殺害した、既に死んでいる被害者を密室内でまだ生きているように偽装した、といった方法があります。
鍵が中からかけられているパターンでは、鍵穴に鍵を差し込んだまま偽装する、ドアの蝶番を外す、差し金に細工する、カンヌキや掛けがねを落とす仕掛けを作る、外から鍵をかけて犯行発見時に中からかかっていたように見せかける、といった技法が使われます。
物理トリックとしてよく使われるのが、氷やドライアイスを使った方法なんです。氷・雪・ドライアイスでカンヌキを固定しておき、それが溶けると密室になるという古典的なトリックがあります。
参考)ミステリートリック分類/密室トリック分類 - シナリオの書き…
磁石を使ってカンヌキを落とす方法や、テグスで窓の外からクレッセント錠をかける手法も定番です。カセットテープでカンヌキを固定したり、髪の毛が湿度によって伸びる性質を利用したりと、身近な素材を使った発想も面白いですね。
鍵の移動を使ったトリックも多彩で、部屋の隙間からカギを糸などで移動させる、カギを氷のボールに入れて小さな穴から投げ込む、テグスを使ってカギを外から入れる、巻き尺を使ってカギを外から入れるなど、様々なバリエーションがあります。
時限発火装置を使う方法では、生石灰(乾燥剤)を水に濡らして発火させたり、硫酸と「砂糖と塩酸カリ」を混ぜて発火させたり、日光で発火させて拳銃を発射させるといった化学的なトリックも存在します。
綾辻行人の『十角館の殺人』は、新本格ミステリを代表する作品で、語り手に関する大きな仕掛けが用意されています。この作品は2014年にイギリスの有力紙「ガーディアン」の密室ミステリー・ベスト10で第2位に選ばれるなど、国際的にも高い評価を受けています。
参考)今まで読んだミステリのトリックネタバレだけメモってみた|灰色
島田荘司の『占星術殺人事件』は、あまりに斬新でよくできたトリックで知られ、「金田一少年の事件簿」をはじめ多くの作品でオマージュされました。この作品のトリックは推理小説史上最高レベルと評価されています。
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鴨崎暖炉の『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』は、密室の不解証明が現場の不在証明と同等の価値があるという判例により、密室殺人事件が激増した世界を舞台にしています。作品では6つもの密室トリックが登場し、液体窒素を使ったトリックなど発想が面白いものばかりです。
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江戸川乱歩は処女作『D坂の殺人事件』で密室殺人を登場させ、横溝正史の『本陣殺人事件』など、日本の推理小説界に密室トリックの系譜を築きました。
漫画で密室トリックを描く際は、読者が頭の中で舞台を描けるように、部屋の形、ドアと窓の配置、家具の位置、通風孔や天井裏などの構造物の位置、鍵の種類を具体的に設計する必要があります。
参考)密室トリックの作り方!アイデアや考え方のテンプレート【ミステ…
密室トリックの作り方として効果的なのは、いきなりトリックを考えるのではなく、まず普通に部屋で事件を起こしてみて、その部屋にはどんな思い込みがあるかを洗い出していく方法です。そして、その思い込みを利用したトリックを考えて、さらに実行可能な条件を作者の都合がいいように作っていくんです。
参考)【ミステリー小説の書き方】密室トリック分かりやすい作り方5ス…
視覚的な表現が可能な漫画では、「金田一少年の事件簿」のように、閉ざされた環境でひとりひとり殺されていく恐怖や、何気ない描写に重大なヒントを隠すといった本格ミステリの面白さを、マンガというメディアをフル活用して表現できます。
心理的密室のアプローチも有効で、「読者や登場人物が密室だと錯覚していた」という構造を使うと、物理的に複雑なトリックを考えなくても効果的な謎解きが作れます。
密室トリックを創作する際、秘密の通路やそれを変型させた原理は同じものは「きたないやり方」として避けるべきとされています。これはカーの密室講義でも最初に除外されているパターンなんです。
氷やドライアイスを使ったトリックは古典的すぎて、現代の読者には陳腐に映る可能性があります。ただし、氷を使う方法に独自のアレンジを加えたり、別の要素と組み合わせたりすることで新鮮味を出すことは可能です。
参考)「氷やドライアイスを使い密室を作るトリック」や「時刻表のトリ…
高木彬光の『刺青殺人事件』のように、密室トリック自体は平凡でも、作中で探偵が「トリック自体は平凡」と語ることで、別の部分に焦点を当てるという手法もあります。
演技で偽装するトリックでは、「ドアが開かないフリをする」「探偵以外のすべての人物が共犯で密室だったとウソの証言をする」といった心理的な手法がありますが、読者を納得させる嘘をつかない演出が必要です。
密室トリックをより魅力的にするには、雪や砂浜など足跡がつくはずの場所で犯行が行われたにもかかわらず、被害者の足跡しか残っていないという「雪の密室」のような発展型との組み合わせが効果的です。
アリバイトリックとの組み合わせも強力で、特定の時間にその部屋が密室であり、従って侵入できないことが明らかになれば、アリバイとして機能します。
死亡時刻の偽装を組み合わせると、「実際の死亡時刻と認識される死亡時刻をずらす」ことで、既に死んでいる被害者を密室内でまだ生きているように偽装する高度なトリックが構築できます。
監視カメラの映像を偽装したり、監視カメラの時間を偽装して死亡推定時刻をずらすといった現代的な要素を取り入れることで、古典的な密室トリックに新しい魅力を加えられます。
参考:ミステリー小説のトリック『密室殺人』を紐解く
トリック分類の詳細情報:ミステリートリック分類/密室トリック分類