
漫画で殺人事件を描く際、最も重要なのはトリックや動機といった核心部分から逆算して物語を組み立てる「帰納法」のアプローチなんです。冒頭から順に考える演繹法だと、どうしても無難な展開になりやすく、読者が予想できてしまう結末になってしまいます。プロのミステリー作家である貴志祐介先生も、トリックから逆算してそれが成立するための環境や条件を確定していく手法を採用していると語っています。
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殺人事件を描く上で避けて通れないのが、事件そのものの設計です。主人公に関わる殺人事件や誰かの死といった出来事を起こすことで、キャラクターが刺激されて物語が動き始めるんです。ただし、キャラクターの性格によって事件の転がし方は大きく変わるため、作品に最も合った事件を挿入する必要があります。
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ミステリー漫画で殺人事件を扱う場合、読者に「真相を知りたい」と思わせる興味深い謎の設定が不可欠です。謎が大きく不可解であればあるほど、読者はページをめくり続けることになります。さらに、トリックや論理だけでは無味乾燥になってしまうため、怖い雰囲気やドキドキする展開、かっこよく見せる演出で「装飾」を施すことが作家の義務とも言えるんです。
トリックの作り方には主に3つの切り口があります。事件を起こしてから考える方法、舞台設定を決めてから考える方法、トリックに使えそうなものを見つけてから考える方法です。特にアリバイトリックや密室トリックなど、作りたいトリックが最初から決まっている場合は、事件を起こしてから考えるアプローチが最も効果的なんです。
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具体的な手順としては、まず脳内でパッと思いついた場所で殺人事件が起きたという想像から始めます。次に真犯人には犯行が不可能だと思い込む状況を考え、第三者の思い込みを洗い出していきます。その後、思い込みと逆のことを考えてトリックを絞り込み、最終的にトリックに都合のいい状況を足していくという流れです。
ミステリーの謎には「フーダニット(犯人は誰?)」「ハウダニット(どうやった?)」「ホワイダニット(なぜやった?)」の3種類があり、作品によっては複数のタイプを組み合わせることもあります。フーダニットは昔からある定番ですが、意外な展開を作るのに苦労する面があり、ハウダニットはトリックを解き明かしていく面白さがあるんです。ホワイダニットは犯人の動機を解明していくタイプで、思いがけない真実にたどり着く展開が魅力です。
ミステリー小説の書き方を解説する権威ある資料として、日本推理作家協会が発行する専門書があります。
初心者でも分かるミステリーの書き方|ラノベにも応用できる脚本術
上記サイトでは、ミステリー創作における帰納法の重要性とトリック構築の基本が詳しく解説されています。
犯人キャラクターの設定は、ミステリー漫画において極めて重要な要素です。容疑者それぞれに被害者を殺してもおかしくない動機を用意し、全員にアリバイを作ることで、誰が犯人か分からないような工夫が必要なんです。容疑者が一人だと二人でババ抜きをしているような状態になってしまい、読者はすぐに犯人を予想してしまいます。
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容疑者たちの作り方としては、それぞれに被害者や容疑者同士の相関関係的なつながりを用意し、謎の行動や言動を設定することが効果的です。例えば「Aの過去を知る者はいない」「Bは過去に容疑者と何かあったらしい」「Cは突然『俺だけは死なない理由があるんだ』とか言い出す」といった設定を加えることで、読者の推理心を刺激できます。
犯人は小説の初めから登場している人物でなくてはならないという「ノックスの十戒」の原則があります。ストーリーの中盤あたりから出てきたキャラが犯人だと、読者はあまり馴染みがないため「ポッと出てきたやつが犯人」という印象を受けてしまい、意外性もなく終わってしまうんです。そのため真犯人以外の容疑者も序盤で出しきることが暗黙の了解となっています。
特に注目すべき容疑者の作り方として、ミスリード役の設定があります。ミスリード役を用意することで真犯人が読者にバレにくくなり、さらにミスリード役が犯人じゃないと知った瞬間に読者を驚かせることができるんです。
人気ミステリー漫画では、犯人のバックグラウンドに悲しいものが多く、犯行の動機に重みが持たされている作品が評価されています。事件の解決パートも面白いですが、こういった人間的な部分が作品の深みを生み出すんです。
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プロットの最も典型的な構成は「起承転結」です。起は物語の始まり、承はその続き、転は逆転、結は結末という流れになります。ただしこれだけではざっくりしすぎているため、より具体化すると「起:ある問題Aが起こる」「承:問題Aを解決しようと試みた結果、さらなる問題Bが起こる」「転:様々な葛藤や苦悩を抱えそれを乗り越える」「結:解決する」という因果関係が明確になります。
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漫画のプロット構成において「承」は全体の50〜75%を占める最も多い部分です。承の役割は、世界の設定や状況の説明をしながら、次のどんでん返しである「転」への期待と緊張感を高めていくことなんです。読者を飽きさせないように事件や出来事を起こし、時には遊びを入れつつ期待させる展開を作る必要があります。
承で考えるべき重要なポイントは3つあります。まず物語が動き出すシーンで、主人公が誰かに出会ったり何かに巻き込まれたりする最初の転機を描きます。ここで重要なのは主人公が出来事に対してリアクションする「受け身」であるという点です。次に行動のシーンで、受け身だった主人公が動かざるを得ない状況に陥り、行動を起こして事態を変化させます。最後にピンチシーンで、追い込まれた主人公が内面の変化に気づき、問題解決の糸口をつかむきっかけを得ることで、クライマックスへの期待感を最大限に高めるんです。
ミステリー小説では「どんでん返し」をうまく盛り込むことがポイントです。どんでん返しは「起承転結」の「転」の部分にあたり、読者の関心を最も引きつけやすいパートなんです。これまでの流れをどう覆すかが重要で、大小のどんでん返しを使い分けて物語の様々な部分に散りばめていくことで読者を飽きさせない構成にできます。ただしどんでん返しも読者の納得がいくものであることが大前提で、物語の前半からしっかりと伏線を盛り込んでおく必要があります。
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ミステリー漫画における舞台設定として効果的なのが「クローズドサークル」です。クローズドサークルとは、孤島や雪山の山荘など外部と隔絶された閉鎖空間のことで、殺人事件や怪奇現象が起きやすい舞台設定なんです。
クローズドサークルの利点は、逃げ場がないのでストーリーの山場を作りやすく、登場キャラクターや行動範囲を絞れるためストーリーが構築しやすい点にあります。限られた空間内で「閉ざされた環境でひとりひとり殺されていく恐怖」や「普通に会話しているメンバーの中に、ひとり殺人犯がいる」という本格ミステリーの面白さを最大限に表現できるんです。
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金田一少年の事件簿などの人気作品では、基本的に発生する事件にトリックが絡み、過去の名作の引き写しも多いですが、マンガというメディアをフル活用して極上のエンターテイメントを作り上げています。特に「何気ない描写に重大なヒントが隠されている」という本格ミステリーの要素を、視覚的な漫画表現で効果的に演出している点が評価されているんです。
舞台設定を決めてからトリックを考える方法もあります。例えば舞台設定を雪山のコテージにした場合、雪山にはどんな物があるかを洗い出し、そこにある物を使ってどんな思い込みが生み出せるかというアプローチでトリックを構築します。この方法は、トリックに使えそうなものからトリックを考えるため、あとから種類が決まる特徴があるんです。
どんなストーリーにも伏線は重要ですが、ミステリー漫画では特に事件の解決方法や謎の解き方についての説得力を持たせるために伏線が不可欠です。伏線は突然主人公に都合のいいことが起こるなど不自然になってしまうことを防ぐために、あらかじめ起こる予感を入れておくことなんです。
例えば「大事な日にピンポイントで風邪をひく」のではなく「前日にトラブルがあり雨に打たれた→翌日風邪をひく」というようにすると自然な流れになります。ただし出来事によっては突然起こったほうが自然であることもあり、「交通事故で突然大事な人を失う」という悲劇を伝えるシーンで交通事故の伏線を張るのは不自然で作者の意図が伝わりません。読者に驚きや衝撃を与えたいときにはハプニングを使うことも効果的です。
ミステリー創作における重要な原則として「探偵が手掛かりを発見したときは、ただちにこれを読者の検討にふさなければならない」というノックスの十戒があります。つまり探偵が発見した情報を隠したまま最後に突然明かすのではなく、読者も同じ情報を得られる状態にしておく必要があるんです。
伏線なしの「超展開」は、ミステリーに限らずどんなストーリーでも避けるべきです。超展開とは読者の予想を悪い意味で裏切り「そんな解決方法はナシだろ」と思わせてしまうとんでもない展開のことで、多くの場合解決方法の伏線が無いか、あっても読者の記憶に残っていない場合に発生します。伏線をうまく張ることで超展開を避けることが可能なんです。
ミステリー創作における伏線の張り方と情報開示のタイミングについて、より詳しい解説が参考になります。
【ミステリー小説の書き方】基本のポイントと山場を作るコツ
上記サイトでは、キャラクター設定の重要性とどんでん返しのある構成について実践的なアドバイスが掲載されています。
一般的なミステリー漫画では探偵や犯人の視点で物語が展開されますが、被害者視点から事件を描くという独自のアプローチも効果的なんです。被害者がなぜ殺されることになったのか、事件に至るまでの人間関係や伏線を被害者の日常から丁寧に描いていく手法は、読者に強い感情移入を生み出します。
被害者視点で描く場合、事件が起こる前の日常シーンに多くのページを割くことで、読者は被害者に愛着を持ち、その死がより衝撃的なものとして受け止められます。さらに被害者自身が気づいていなかった人間関係の歪みや、些細な出来事が実は犯人の動機につながっていたという展開を、被害者の無自覚な描写を通して表現できるんです。
この手法の利点は、探偵パートで明かされる真相が「被害者視点で見ていたあのシーンはこういう意味だったのか」という二重の驚きを読者に与えられる点にあります。被害者の日記や回想シーンを効果的に配置することで、時系列を行き来しながら謎を深めていく構成も可能です。
ただし被害者視点を採用する場合、読者が「この人物は死ぬ」と早い段階で予感してしまうリスクもあります。そのため複数の視点人物を用意し、誰が被害者になるのか最後まで分からないようにする工夫や、被害者視点パートを短く挟みながら他の視点と交互に展開する構成が効果的なんです。
人気ミステリー作品の中には、2019年の京都アニメーション放火殺人事件など実在の事件をモチーフにしながら、被害者や関係者への配慮を欠いた描写が問題となったケースもあります。漫画「ルックバック」では、犯人の描写について統合失調症をはじめとする精神障害のステレオタイプに見える点が指摘され、後に表現が修正されました。殺人事件を描く際は、実在の事件への配慮と、精神疾患などへの差別を助長しない表現が求められるんです。
参考)ルックバック - Wikipedia