
進撃の巨人の第71話「傍観者」は、訓練兵団教官キース・シャーディスの回想を中心に展開される重要なエピソードです。この話は王政編のエピローグとして位置づけられ、作中で唯一と言えるほど戦闘シーンがなく、ただキースの過去が語られるだけの静かな回となっています。しかし、この回で描かれる人間ドラマは多くの読者の心を打ち、涙を誘う内容となっているんです。
参考)私が進撃の巨人で1番好きな回【傍観者】|N7
キース・シャーディスは第12代調査兵団団長として活躍した人物で、第1話で団員の遺族に自分の無力さを嘆き慟哭していたあの団長こそが彼でした。その後、エレンら104期生を厳しく指導する訓練兵団教官として再登場しますが、初見では気づきにくいほどの風貌の変化があり、彼が相当苦労したことが見て取れます。
アニメでは進撃の巨人Season3の第48話(第11話)として放送され、2か月の平和な時間が流れた後、ヒストリアが女王として牧場で孤児たちの面倒を見ている場面から始まります。
参考)https://www.nicovideo.jp/watch/so33993071
キース・シャーディスは自らを「私は何一つ変えることができない…ただの傍観者だ」と表現します。彼が壁の外でグリシャと出会ったのは約20年前のことで、ウォール・マリア シガンシナ区壁門の目前で、巨人の領域に無防備な状態でいたグリシャを発見したのです。
参考)https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9
この出会いから、グリシャが壁の外から来訪した人物であることが明らかになりました。キースは当然のように、グリシャが壁の内側からやって来たものと考えて声を掛けましたが、グリシャの反応は「あなた達こそ壁の外で何を…まさか…戦っているのか?」というもので、壁の存在理由を理解した上で壁の外に出る人間がいることに驚いている様子でした。
参考)【進撃の巨人 71話 ネタバレ考察】グリシャはどこから来たの…
キースは団員時代、自分を他の者とは違う特別な存在であると自負していました。壁の中での生活に満足している周りの人間とは根本的に考え方が違ったことから、そう捉えるようになったのです。この姿勢は冒頭のエレンを彷彿とさせるものでしたが、残念ながら彼は主人公ではありませんでした。
参考リンク:進撃の巨人71話の詳細な考察が掲載されています
進撃の巨人第71話『傍観者』考察・解説・感想
自分の道を絶対的に貫き、幾度となく壁外調査に臨んだキースでしたが、やがて自身が特別ではないことに気が付きます。華々しい成果を上げている同僚や部下に対して劣等感を感じるようになり、その劣等感と後悔により団長を辞任することになったのです。これは歴代唯一、先代が生きたまま団長が交代した事例となりました。
キースが「特別」という言葉に囚われていたことについて、作中では興味深い考察がなされています。彼は自らを「傍観者」と蔑みますが、この表現には違和感があるという指摘があります。成果こそ上がらずとも必死で戦ってきた彼は、決して「傍観者」ではないはずです。
参考)【進撃の巨人という哲学書】34.特別じゃない僕たち ~48話…
「特別」の反対語を探すなら「普通」「無能」「凡庸」などという表現の方が適切なはずですが、敢えて自らを「傍観者」としているのには理由があります。これは彼が「特別な存在の奴隷」であったことを示しており、ケニーの言葉を借りるなら、ようやく酔いから醒めた状態だったのです。
ハンジは尊敬していたキースが退いた理由を聞いて憤りを隠せませんでした。キースが「結論から言えば何も知らない。人類の利にはなり得ない話だ」との前置きで過去の話をした時、ハンジは「幼稚な理由で逃げている、この情報が役に立つか否かを劣等感なんかと比べるな」とブチ切れたのです。
参考)【進撃の巨人】第71話『傍観者』考察・解説・感想【ネタバレ】…
これはハンジの「個を捨て公に捧げるべき」という強い正義感の表れでした。壁の巨人のことを黙っていたニック司祭に怒ったように、「自分という存在は二の次。人類のために心臓を捧げるべき」という信念を持った人物だからこその反応だったんです。
参考)進撃の巨人71話傍観者について - キースシャーディスさんは…
物語の中で最も印象的なのが、エレンの母カルラ・イェーガーの言葉です。キースがカルラに対して、自分が特別になれなかったことへの苦悩をぶつけた際、カルラは次のように返答しました。
参考)【進撃の巨人】カルラの「行かないで…」の言葉の意味とカルライ…
「特別じゃなきゃいけないんですか?絶対に人から認められなければダメですか?私はそうは思ってませんよ少なくともこの子は・・・偉大になんてならなくてもいい人より優れていなくてももともと特別なんですこの子はこの世に生まれてきてくれたから」
参考)http://phoenix-wind.com/word/30122.php
この言葉は、キースが何とか保っていた自尊心を完全に砕きました。しかしそれは、カルラの誇り高き母の強さによるものであり、決してキースを傷つけようとしたものではありませんでした。
カルラのこの言葉には、無償の愛と人間の本質的な価値についての深い洞察が含まれています。命を賭して戦っている主要人物に対してリアルで人間らしい目線を向けたキースの姿勢と、それを受け入れて昇華させていく過程が、この回の核心なんです。
アニメでは、カルラが想いを語る最後の名場面にエンディングを導入するという神演出が施され、原作を読んだ時よりもカルラの子への愛情がより強く感じられるものとなりました。特に赤ちゃんのエレンがとても可愛く、カルラの愛が揺るぎないことが伝わってくる泣けるシーンとして評価されています。
参考)【進撃の巨人 アニメ】48話(3期11話)「傍観者」感想まと…
参考リンク:カルラの名言の深い意味について詳しく解説されています
進撃の巨人 カルラの「行かないで…」の言葉の意味とカルライーターの正体
この回では、グリシャ・イェーガーが壁の外から来た人物であることが明らかになります。キースの回想シーンから、20年前にウォール・マリア シガンシナ区壁門の目前で、グリシャが巨人の領域に無防備な状態でいたことが分かります。
グリシャは記憶を失った状態で壁外で保護されたことになっていますが、なぜ記憶喪失だったのか、なぜ壁外にいたのかという疑問が残ります。この時のグリシャからは「巨人」という言葉は出ておらず、「あなた達こそ壁の外で何を…まさか…戦っているのか?」と、壁の存在理由を理解した上で壁の外に出る人間がいることに驚いている様子でした。
参考)進撃のつれづれブログ-Returns:グリシャ・イェーガーと…
グリシャとの出会いから、カルラとの関係へと発展していく過程も描かれています。キースはカルラに対して好意を抱いていましたが、結局グリシャとカルラが結ばれることになり、これもキースの劣等感を深める要因の一つとなりました。
壁外から知性巨人が侵攻してくるなど夢にも思わなかった当時を考えれば、グリシャが壁外にいたこと自体が異常な事態だったと言えます。この謎は後の物語で徐々に明らかになっていきますが、71話の時点では大きな伏線として残されているんです。
漫画を描きたい人にとって、この「傍観者」の話は非常に参考になる要素が詰まっています。まず注目すべきは、戦闘シーンなしという大胆な構成です。進撃の巨人という作品は巨人との戦いが中心のアクション漫画ですが、71話ではそれを一切排除し、純粋な人間ドラマだけで読者を魅了しています。
キャラクターの深掘りという観点でも優れた事例です。キース・シャーディスというサブキャラクターに焦点を当て、彼の内面を丁寧に描くことで物語全体に深みを持たせています。主人公ではない、いわゆる「モブ」に近いキャラクターでも、その人生観や価値観を描くことで読者の共感を得られることを示しているんです。
人間のリアルな感情描写も学ぶべき点です。劣等感、嫉妬、後悔といったネガティブな感情を正直に描くことで、キャラクターに血が通った印象を与えています。「友情・努力・勝利」という王道展開だけでなく、挫折と諦めという現実的な展開も描くことで、作品に説得力が生まれます。
また、伏線の張り方も巧妙です。グリシャの過去、エレンの出生、キースとカルラの関係など、複数の要素を一つのエピソードに織り込みながら、物語全体の流れを止めることなく進めています。回想シーンを使いながらも単調にならず、読者を飽きさせない工夫が随所に見られます。
漫画において、すべてのキャラクターに意味を持たせることの重要性もこの話から学べます。進撃の巨人では登場人物全てに役割があり、一見脇役に見えるキャラクターでも物語の核心に関わる存在として描かれています。これは漫画創作において非常に参考になる手法と言えるでしょう。
セリフの力も見逃せません。カルラの「特別じゃなきゃいけないんですか?」という問いかけは、シンプルながら深い印象を残します。長々と説明するのではなく、本質を突く一言で読者の心に響かせる技術は、漫画のセリフ作りにおいて重要なポイントです。
参考リンク:71話の物語構造とキャラクター描写について詳細な分析があります
私が進撃の巨人で1番好きな回【傍観者】
進撃の巨人という作品全体を通じて言えることですが、71話「傍観者」は特に人間の深層心理を飾らずに描いている点が特徴的です。仲間が巨人に食われている光景を目にしたダズの台詞や、獣の投石によって命を落としたマルロが最期の瞬間に思い耽ることも、何ともカッコのつかない、チグハグなものでした。
名誉ある戦死という言葉は聞こえが良いですが、それが生存者の押し付けであることを痛感させられる苦しいシーンが作中には多く存在します。そんな人間の本質を描く作品だからこそ、感情移入して読むことに抵抗がなく、その真実の全てを詰め込んだ71話は多くの読者にとって大事なエピソードとなっているんです。
キースと同じように王政編にて自分自身が特別なわけではないと気付いてしまったエレンも、同じように喪失感に襲われます。そんなエレンに、キースはエレンの母であるカルラの生前の言葉を聞かせました。このシーンのアニメ演出は特に評価が高く、多くのファンが繰り返し視聴することを推奨しています。
キースが入団式の通過儀礼としている罵倒も、実は過去の自分の驕りを教訓としているのかもしれません。「それまでの自分を否定して真っさらな状態から兵士に適した人材を育てる」という彼の教育方針は、自分自身が特別だと思い込んでいた過去への反省から来ているのでしょう。
彼は自己評価を低く見積もっていますが、調査兵団として長年生存し、当時のハンジからは羨望の眼差しを向けられ、最終的には自分の弱さを認めより優秀なエルヴィンに団長の座を託し、その後は兵士の育成に務め、その成長を見届けました。これらは十分な功績であり、特別じゃなくともキースが優秀な兵士であったことを物語っています。
「自分が上手くいかないのは環境のせいだ、周りのせいだ」という人間誰しもが考えたことのある言い訳を真っ向から否定するようなメッセージは、皆が一番気付きたくない真実でした。それを受け入れることは容易なことではありませんが、キースは決して吹っ切れたわけではなく、ただ「自分は特別じゃなかった」ということを受け止めたのです。
ケニーの言葉を借りるならば「特別な存在の奴隷」であったキースは、ようやく酔いから醒めたと言えるでしょう。この描写は、現実世界で生きる私たち自身にも当てはまる普遍的なテーマを扱っており、だからこそ多くの人の心に響くエピソードとなっているのです。