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『鬼人幻燈抄』の物語は、天保11年(1840年)の葛野という山間の集落から始まります。主人公の甚太(後の甚夜)は、幼い頃に虐待的な父親から逃げ出し、妹の鈴音と共に葛野にやってきました。そこで彼は、元治に拾われ、その娘である白雪と共に育ちます。
甚太と白雪は幼馴染として育ち、やがて互いに想い合う仲となりました。白雪は葛野で信仰されている火の神「マヒルさま」に祈りを捧げる巫女「いつきひめ」の当代であり、甚太はその護衛役「巫女守」として彼女を守る立場にありました。
しかし、二人の恋は悲劇的な結末を迎えます。葛野の血を引かない甚太との結婚を村長から認められず、白雪は苦悩の末に「いつきひめ」としての道を選び、もう一人の巫女守である清正と結ばれることになったのです。さらに悲劇は続き、甚太の妹・鈴音によって白雪は殺害されてしまいます。
この出来事が、甚太(甚夜)の170年に及ぶ長い旅の始まりとなりました。最愛の人を失った悲しみと、その仇である妹への複雑な感情を抱えながら、甚夜は鬼となって生きていくことになるのです。
甚夜の物語において、実の父親との関係は重要な要素です。葛野を出た後、甚夜は江戸の実家(裕福な商家)に顔を見せます。この時、彼の父親は「重蔵」という名で登場します。
甚夜が父親のもとを訪れたのは、父が鈴音を虐待していた理由を知ったからでした。それは、妻(甚夜の母)が鬼に犯され、その鬼の子である鈴音を出産する際に命を落としたという悲しい過去があったのです。自らも「愛する者を奪われた憎しみ」を経験した甚夜は、父を恨むことができなくなりました。
一方、父親の重蔵も元々甚太(甚夜)を可愛がっており、名乗らずとも自分の息子だと気づいて仕事を与えていました。二人は酒を飲み交わし、不器用ながらも良好な関係を築いていきます。最終的に父は鈴音(マガツメ)の悪影響により命を落としてしまいますが、甚夜と和解できたことは彼の長い人生における重要な転機となりました。
この父子の和解は、甚夜が自分のルーツと向き合い、過去の傷を癒す過程を象徴しています。また、家族の絆というテーマが『鬼人幻燈抄』全体を通して重要な要素であることを示しています。
甚夜の170年に及ぶ長い人生の中で、彼は実の子ではないものの、娘を育てる経験もしています。江戸時代、甚夜が以前に「同化」で取り込んだ鬼「夕凪」から託された捨て子を引き取ることになりました。
甚夜はこの赤子に「野茉莉」という名前をつけます。これは夕凪に咲く花の名前からとったものでした。彼は蕎麦屋「鬼そば」を開き、普通の親子のように野茉莉を育てていきます。鬼となった身でありながら、人間の子を育てる経験は、甚夜にとって人間性を保つ重要な要素となりました。
しかし、野茉莉が20歳を超えたころ、悲劇が訪れます。鈴音(マガツメ)の干渉により、野茉莉は甚夜の記憶だけを失ってしまったのです。なすすべもなく娘の元から去るしかなくなった甚夜にとって、これは大きな悲しみでした。
一見バッドエンドのように思えるこのエピソードですが、野茉莉はその後、周囲に恵まれ、結婚して幸せに暮らしたとされています。甚夜は娘の幸せを見守ることしかできませんでしたが、彼女に与えた愛情と育てた日々は、甚夜の長い人生における貴重な思い出となりました。
この親子関係は、血のつながりがなくとも生まれる強い絆を描いており、『鬼人幻燈抄』における「家族とは何か」というテーマを深く掘り下げています。
甚夜の長い旅路の中で、葛野の茶屋の娘・ちとせとの関係も重要な物語の一つです。白雪が殺された後、ちとせは「いつきひめ」を継ぎ、「ちよ」(千夜)という名になりました。いつきひめを継ぐと「夜」が入る名前に変わるという習わしがあったためです。
甚夜とちとせは明治時代に、荒城稲荷神社という場所で32年ぶりに再会します。この時、ちとせはいつきひめを娘に継承し、夫のもと(村の外)で生活していました。変わらず甚夜のことを「甚太にい」と呼ぶちとせは、かつて交わした「また磯部餅でも食わせてくれ」という約束を実行し、時代を超えて約束を果たしたのです。
この再会は、甚夜にとって葛野での思い出と繋がる貴重な機会となりました。ちとせは甚夜の過去を知る数少ない人物の一人であり、彼女との再会は甚夜に懐かしさと温かさをもたらしました。
時を超えた約束と再会のエピソードは、『鬼人幻燈抄』における「絆」のテーマを象徴しています。長い時を生きる甚夜にとって、こうした人間との繋がりは、彼が完全に鬼になることを防ぎ、人間性を保つ重要な要素となっています。
甚夜の長い人生の中で、特筆すべき友人関係の一つが付喪神使いの「秋津染吾郎」との友情です。秋津染吾郎は三代目の名跡を継ぐ人物で、犬神をはじめとする多種多様な付喪神を使役する能力を持っていました。
甚夜が京都に移って以降、秋津染吾郎は甚夜の営む「鬼そば」の常連となり、甚夜と親友のような深い関係を築いていきます。二人は互いの能力を尊重し合い、時に協力して様々な困難に立ち向かいました。
しかし、この友情も悲劇的な結末を迎えることになります。四十三年ぶりに甚夜の前に姿を表したマガツメ(鈴音)と戦った秋津染吾郎は、その戦いの末に命を落としてしまいます。親友を失った甚夜の悲しみは計り知れないものでした。
秋津染吾郎の死は、甚夜にとって大きな喪失であると同時に、マガツメとの最終決戦に向けた決意を新たにする契機ともなりました。友のために戦うという動機が加わることで、甚夜の決意はさらに強固なものとなったのです。
この友情のエピソードは、『鬼人幻燈抄』において、血縁関係だけでなく、志を同じくする者同士の絆も重要なテーマであることを示しています。長い時を生きる甚夜にとって、こうした友情は彼の心の支えとなり、彼が「あやかしを守り慈しむ鬼神」へと成長する過程において重要な役割を果たしました。
甚夜の長い旅路において、「夜鷹」と呼ばれる最下級の街娼との関係も彼の人間性を示す重要なエピソードです。本名を三浦きぬという彼女は、甚夜にとって単なる情報源以上の存在でした。
甚夜は娼婦同士のネットワークを頼って情報を集めていましたが、夜鷹との関係は次第に深まっていきます。彼女は紆余曲折の末に「直次」という人物と結婚し、直次が鬼となって家を出るまで彼に付き従いました。後に彼女は自身の半生を記した手記「雨夜鷹」を著しています。
この関係は恋愛関係ではありませんでしたが、互いを尊重し合う特別な絆で結ばれていました。社会の底辺で生きる夜鷹に対して、甚夜は決して蔑みの目を向けず、一人の人間として接していました。これは甚夜の人間性の深さを示すエピソードと言えるでしょう。
夜鷹との交流は、甚夜が様々な境遇の人々と関わり、多様な人生観に触れることで、自らの視野を広げていったことを表しています。鬼となりながらも、人間社会の中で生き、様々な人々との交流を通じて成長していく甚夜の姿は、『鬼人幻燈抄』の大きな魅力の一つです。
『鬼人幻燈抄』の物語の核心は、「遠見」の鬼によって予言された「170年後に鬼神が生まれる」という謎でした。甚夜はこの予言を信じ、170年という長い時を生きることを決意します。
物語の中で甚夜は様々な経験を積み、多くの鬼と戦い、その能力「同化」で他の鬼の力を取り込んでいきました。彼は護衛、蕎麦屋、庭師など様々な仕事をしながら、時に友人や家族を作り、時に失いながらも前に進み続けました。
そして最終的に明らかになるのは、予言の「鬼神」とは甚夜自身だったという真実です。甚夜は最後に鈴音(マガツメ)を「同化」で取り込み、「あやかしを守り慈しむ鬼神」となりました。
この結末は、甚夜の170年にわたる旅路が、実は自分自身が「鬼神」になるための過程だったことを示しています。彼は様々な経験を通じて成長し、鬼でありながらも人間性を失わず、むしろ深めていったのです。
『鬼人幻燈抄』は2025年3月31日からTOKYO MX、MBS、BSフジにて2クール連続でアニメ放送されることが決定しており、初回は1時間スペシャルとなります。原作の壮大な物語がどのように映像化されるのか、多くのファンが期待を寄せています。
甚夜の170年の旅路と、その中で育まれた様々な絆の物語は、単なる和風ファンタジーを超えた人間ドラマとして、多くの読者の心を捉えてきました。そして彼が最終的に「鬼神」となる結末は、長い旅路の果てに見つけた答えとして、深い感動を与えるものとなっています。